お坊さんが語る終活

後悔しない人生を、笑顔の毎日を本当の終活で。

「学び」と「気づき」

先日、葬儀社の社長さんのご講演を拝聴する機会に恵まれました。

コロナ禍における葬儀のありようなど、聴かせていただきました。

 

平常と違う葬儀の執行、それに伴う社員の精神的負担。またご遺族の戸惑いなど、まさに現場でなければわからないお話をいただきました。

ご高齢の方が多い会場の聴衆は、どのような耳で聴いておられたのでしょうか。

 

私たちは常に「学び」の中で生活していると思います。そして学んだことから、それを自分自身に置き換えるという「気づき」をもらうのでしょう。

気づいたこと。それはきっと目には見えませんが、物凄く大きな財産でありましょう。

しかしこの財産を大事に使う人、すぐに置き忘れる人、誠にさまざまなことです。

 

今、8月6日の広島の朝を静かに迎えられますように、という活動をしております。地元以外の方が聞くと「なんだそれ?」となるでしょうが、騒がしい朝になっているんです。

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中核派という、昔ヘルメットにゲバ棒で世間を騒がせた残党が、平和公園一帯を騒がしくしております。

その活動の中で一つ。

人は師を誤ると人生が狂ってしまう。いかに正しき師を選ぶことが大切であるか。

ということです。

 

学びの基本は環境です。

人としていかにあるべきか、この学びを間違えると、気づきまで狂ってきます。

 

良き環境に身を置けるよう心掛け、やはり神仏に乞い願うしかないと私は思います。