終活は「あいさつ」から
シニアの皆さんが終活というキーワードに、顕著な反応を示す昨今、自身の安心と周囲への思いやり、この二つを軸として全ての終活は展開されております。
年金、介護、医療、保険、相続、葬儀、お墓
どれもこの軸から派生した方法であります。
でもこうして眺めますといかがでしょう、みんな費用のかかることであります。
年金や保険には掛け金が。
介護、医療、相続、葬儀、お墓にはもちろん費用がかかります。
私たちが消費生活をおくる以上、費用の発生はセットものであります。
では、終活とはお金のかかる活動なのでしょうか?お金がないと終活できないのでしょうか。
全ての人には亡くなる時が来ます。
何時かはわかりません。でも全ての人が同じ条件下で暮らしているのです。
以前に「毎日が終活」というタイトルで、講演させていただきました。
私の考え方はこの考え方です。
いつ訪れるかわからないその瞬間。その時にこそ慌てずにたんたん終わりの瞬間を心穏やかに受け入れるのが、終活の最大の目的だと思います。
ならばお金の有無にかかわらず、全ての人が穏やかな終末を迎えてもらえるはずです。
ではお金のかから ない終活の取り組みは何か、
「人と人とのかかわり」です。
そのいろはのイが「挨拶」です。
「なんだそんなことかー」でも人と人とのかかかわりに無くてはならないのが、挨拶なのです。
挨拶、とても簡単な身近なツールです。
でもこんな事ないですか、たとえば会社などでの上下関係があります。
部下は上司に対して挨拶をします。上司はそれを受けて、挨拶を返す。何ら普通の場面です。
でももし、その挨拶を、部下と出会った上司が「待つ」としたら、それは人と人とのかかわりを持つのには不適格であります。
つまり、挨拶は待つものではなく、こちらから先にするものなのです。
相手よりも先に声をかけてこそ、気持ちのいい人とのかかわりができるという事です。
夫婦、親子、兄弟の関係でも全て同じです。
いつ訪れるかわからないんです。
次の瞬間かもしれません。だからこそ、この「挨拶」を先にすることを徹底すべきなのです。
終活はお金がかかることだけではありません。
まずば挨拶からこころがけ、自身の安心と周囲への思いやりを成立させてはいかがですか?
ご覧下さり、ありがとうございました。合掌