お坊さんが語る終活

後悔しない人生を、笑顔の毎日を本当の終活で。

コロナウイルスの影響

新型肺炎の発生から、世界が震撼しております。

日本国内でも各地で感染が確認されておりますが、やはり観光地が伝播場所になっているように感じます。私の地元広島は今のところ確認されていませんが、もう時間の問題だろうと思います。

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このことから様々な社会活動に影響が出てきています。各地で沢山の人が集まる行事は次々と中止されております。無論リスクヘッジのためにはそれも一つの手段であろうと思います。

ですが、日本社会は一面経済活動をもって均衡を保っております。

社会全体が動きを止めてしまったら、日本の経済は一気に下降してしまいます。

「金は天下の回りもの」と申しますが、まさに回ってこそお金には価値が生まれるのです。

そう考えますと、私は一定の規制を張ることは必要かも知れませんが、中止や自粛が「蔓延」することで、ウイルスの感染よりもジワジワと響いてくる経済不況による「死者」の増加に懸念を抱いております。

ウイルスの感染は10人いたら10人が感染するわけでは無いと思います。感染源があっても、それを受けない抗体や免疫力が有れば、全く関わりないことなのではないかと思います。

まずはご自身の体調加減を測り、いわゆる自粛をする、これが正しいのではないでしょうか。

団体がその催し自体を自粛すると、閉塞感が生じます。

それよりもそこに参画するかしないかを、個人が自己判断する、それが大人の責任という流儀かと思います。

 

社会は何かあると「誰のせいか」に躍起になります。全く下らないことと感じます。

情報に煽られることなく、心を落ち着けて、長いスパンで物事を見つめていくべきかと思います。

祈りの梅

大正14年8月3日午前2時

五色の雲上、久遠実成阿弥陀如来様が開祖様のもとに応現され、信仰の立て直しによる世の中の立て替えを仏勅として開祖様に与えられました。

それから95年、今第四代燈主、桶屋良祐大僧正猊下が相承され、魂のお救いを顕現せんがため、全国で親教を開催しておられます。

 

明日2月16日は広島念法寺のご親教

本日10時半頃、ご到着いただきました。

 

本堂で御参拝、ご挨拶後、広島の信徒が令和にちなみ梅をかたどった白梅、紅梅、ピンクの梅にそれぞれ感謝、祈り、誓いを記入し、寺内壁面を利用してオブジェを作成しました。

そして今日そこに、命を吹きこむが如く、燈主様が祈りの紅梅を納めて下さったのであります。

 

書かれた文章に思わず号泣してしまいました。

そして、枝先を少し残すように貼られ、

「親先生は完成してしまったら、そこから伸びない。だから常にこれで終わりということはないと、仰られました。ですからここに枝先を残します。

これが広島の皆さんの伸び代です。」と。

 

このたびのご親教、あだやおろそかではないご親教との確信を得て、御参拝の皆様に神仏のありかを掴んでもらえる行事にしたいとおもいます。

今からでも間に合う、13:00〜のご法話、どうぞご縁にふれて、お幸せになる道を確信下さい。

 

 

六日

今朝の広島はよく冷え込みました。

朝の気温は2° 口から出る息は白かったです。

毎月六日は原爆忌日です。出張でない限り8時から平和公園の慰霊碑前でのお勤め。それに続き原爆供養塔前でのお勤めをさせてもらっております。

供養塔前で阿弥陀経を読誦する中、8:15の鐘が鳴り渡ります。

時の流れに風化させてはならない、当時の命に敬意と慰霊の真心を捧げます。

今朝も三人娘(かつてかな?)さんが参加くださいました。ありがたいことです。

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でも私たちは月に一度のお参りだけですが、読経する中お一人の女性がお掃除に専念くださっております。西区から毎朝通ってこの供養塔のお掃除をしてくださっておられます。もう何年になられますか。

 

供養塔に眠る数多の御霊は、その方のご奉仕を毎日うれし涙で受けておられるかと思います。

 

国際平和都市広島、この街で75年前に起きたこと、そして当時この街に息づく営みがあったこと、せめて100万余の人々は思いを致さねばなるまい。

 

 

あまてらす

公務で朝早い新幹線に乗せてもらいますと、たまーにふと気づかされることがあります。

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今朝は東の空に昇らんとする太陽を拝し、

「今日もすべての生きとし生けるものの上に、太陽は何よりも強い光を差し向けてくれている。

でも、この光、もし無かったら私は何も見ることが叶わない。

おかげさまで近視の眼鏡(遠近両用ですが)のお手伝いをいただき、物を判断する視力は頂いておりますが、実は視力があっても、光、明るさがなければ、見ることが出来ないんだ。」と感じさせていただきました。

 

我が日の本の主神は天照皇大神様、太陽神であります。「日の本」何とありがたい国に生まれさせて頂いたんでしょう。

神様、今日も光を無償でおわかち下さり、ありがとうございます。

無駄にせぬよう、良い物の見方を努めてまいります。

あらう

支那からの新型肺炎の蔓延は、現在押さえ込みが効いていない。

感染力、経路、潜伏期間など、確たることが掴み切れておらず、まさに暗中模索といった感が否めない。

それでも、予防の意識だけは個々人がしっかり持たなければならない。

罹患者が増えれば、それだけ国庫からの支出も増え、日本人の生活に影響するからである。

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新聞に、正しい手洗いで感染リスク減少との記事があった。誠に第一歩はその通りでありましょう。

しかし、ここで振り返ってみてはいかがでしょう。

あらう、ということ。

あらうとは洗うと書きます。

文字の成立の由来は分かりませんが、洗うにはなくではならないもの、そう「水」です。

 

水は高きより低きに流れる。

水は器に従う。

以前水六訓、なるものを見たことがありますが、まさに水はとても大きな働きをいたします。

 

さあ、偉大な働きを黙って行う水。

手を合わしてましたか?

 

汚れ、これを無くする為に水は使われます。しかし自身を汚しても何一つ不満を言わず、黙って気発してしまうのが水です。

今、人の命を守る役割として、水が活躍してくれます

不慣れですが…

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普通は年末に皆さんされると思いますが、本日、客間の障子はり(第一次)を行いました。

剥がすだけは前もってしておりましたので、貼るだけなんですが、大小含め16枚あります。

そのうち2枚は幅広ですから、上下二段ばり、不慣れなもので始めは少々てこずりました。でもやっているうちに要領がわかってきまして、後半は順調に進みました。

大6枚を仕上げて本日は終了。

 

15日に来られる大切な方のため、心を込めて貼らせてもらいます。

 

 

受診拒否、どんな理由で?

コロナウイルスが席巻する中、今日武漢市から206名が帰国しました。

それは良かったのですが、そのうち2名が受診拒否をしたとのことです。どんな理由で?

 

そもそも邦人の救出が主目的である中で、搭乗条件として受診を含めて無かったのだろうか?

本件は緊急事態の措置であり、そこには人の生命が左右される状況がある。

受診拒否は許されないことではないか。

 

また、その2名の日本人の感覚は、何が起因してそういう生き方が発生したのであろうか。

全く個人主義思想の産物に他ならない。

 

明日以降帰国便があると思いますが、良識を持って帰国してもらいたい。