お坊さんが語る終活

後悔しない人生を、笑顔の毎日を本当の終活で。

終活講座のハシゴ

本日は午前は自坊で、午後は安佐南区民文化センターで終活講座を開催致しました。

 

午前は第1講を2名の方に、午後は第5講を6名の方におはなしさせていただきました。

人数こそ少なかったですが、少ないなりのアットホームな感じの良さもありました。

 

午後の講座では、自分と嫁いだ娘さんとのかかわりや、また、ご自身の信仰をいかにして孫に引き継いでもらうかなど、エンディングノートに即した質問が出ておりました。

 

人生の終焉に後悔しないためにも、多くの方々に本当の終活を知っていただきたいです。

 

子供さんたちからみて、どんな親であるのか。

お孫さんからみて、どんな祖父母であるのか。

どうあることが、安心につながるのか、これをひとつひとつ想定しながら生きてゆくことが、終活の基本ではないでしょうか?

 

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌

終活講座 第2講 in熊野町

朝から冷え込んで、服を一枚余分に羽織りたいような今日、熊野町のくまのみらい交流館を会場に、第2講 モノの整理と処分を開講させていただきました。

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なんと熊野開催は4月の第1講から7ヶ月ぶりの開催でありました。

久々でご参加の皆さんの雰囲気はと、少し心配しましたが、その心配をよそにとても盛り上がった講座となりました。

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27名の方が受講下さいましたが、本当に熱心に受講して下さいました。

受講者の中から、老人向けの詐欺の話となり、いかにして騙されないか、などの話で盛り上がりました。

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また、ほとんどの方が来月4日の第3講への受講申し込みをしてくださるなど、前向きな姿勢には脱帽です。

皆さんに喜んでもらえるよう、準備を進めたいと思います。

 

本日の皆さんが、少しでも終活に取り組みができますように。

 

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌

介護施設での事件

介護の現場でまた殺人事件が起きた。

83歳の男性入所者が、施設の職員により殺害されてしまったのであります。

詳細は今後明らかになると思うが、あってはならないことが、また起きてしまった。

 

こうした事件の要因は色々あると思います。

まずもって、従事者数の絶対的不足。

 

高齢社会において「必然」の現象です。

高齢者が増えて、就労者が少ない。当たり前の構図であります。

国が賄える社会保障はもう破たんしています。

昔はこんなに老人施設はなかったです。

 

医療の発達により、延命が可能となり、生活環境の改善で平均寿命が伸びています。

また、老人がもつ役割りが、どんどん減少する中から、認知症罹患率もアップしているのではないでしょうか?

 

若い人は兄弟が少ない、だから老人を看れない、結局施設を頼るしかない。

まったくもって悪循環になっています。

これらの悪循環はすぐには直りません。

どこから手をつけるか。

 

老人の数はいずれ減少します。

でも同様に若年層人口も減ります。

数の上ではこの比率は変わらないのです。

なれば、人の質を変えるしかありません。

「命」の意味を知らさねばならないということです。

 

私よりも公のために。

長幼の序があることを知る。

何人もこの世にいる人には、親があることを知る。

自分が痛い事は、他人も痛い。

こういうことが教えられていない。

こういう人間教育こそが必要なのではないでしょうか。

 

これを就学前教育で徹底してやることです。

ですが、この教育は幼稚園や保育園でできることではありません。ではどこでするのか、

これこそが家庭でしかできないと思います。

しかし今、先生となれる親の方にも問題があるような気がします。

するとその親世代の教育が急がれます。

 

その部分の教育こそ、宗教に求められることではないかと思います。

正しい宗教に学んだ親を育てなくてはならないということです。

 

この国が消えてしまう前になんとかしなければなりません。

人はなぜ生まれてきたのか、何をすることが本来の目的なのか。この部分から入らねばなりません。

 

信仰は強制されてできるものではありません。

しかしまず「あなた」が感謝の生活をおくることにより、身近な人への良き影響を与えてゆくことができます。

この国の悲しみを一つでも減らして行きましょう。

どうか正しい宗教による、信仰を持っていただき、相互に慈しみ合える社会を作りましょう。

 

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌

 

家内不在

今日から明日の晩まで、我が家は家内が不在。

決して私に愛想をつかして出て行った訳ではなく、大阪の本山で二日間に渡る実習のため、始発の新幹線に乗って行きました。

 

家内が不在であっても、日常は待ってはくれません。二人の中学生に弁当を作って、味噌汁を作り、子供たちを起こして学校へやる。

幸い家内が昨夜のうちに洗濯だけは済ませてくれていたので、洗濯はありませんでした。

 

夜はサケ三昧。「酒」ではなく鮭です。

冷凍庫を覗くと鮭の身と、頭がありました。

身の方は季節の野菜を取り合わせて、ホイル焼きに。頭は故郷を思い出し、三平汁にしました。

子供たちも喜んで食べてくれて、一安心。

 

夜の洗濯に向けて、長男のカッターシャツの下洗い。男子はどうしても汚れます。

あとは風呂上がりに洗濯を済ませれば、ニワカ主婦の1日目は完了します。

 

しかし、たまにこうした実習や勉強会で不在のことがありますが、その度に主婦という人は大したものだど感心します。

 

私も最近は大阪勤務が多く、この間家内は家のこと、子供のこと、寺のことなどをこなしているのでありまして、本当に大したものだど思います。

 

普段の生活、当たり前の生活と、人は勘違いします。当たり前という言葉は本来は無いのだと思います。

 

家内は今日、明日不在です。

しかし、亡くなってしまったらもういくら呼んでも、その姿は目には見えません。

家族という掛け替えの無い存在がそばにあることを、人はもっともっと認識して、感謝の生活をしないといけないと思います。

 

夫婦、親子、兄弟、姉妹、当たり前ではありません。いつかどちらかが離れて行ってしまうのです。

それまでの間、助け合う時間を与えていただいている間、日々に「ありがとう」を交わせる生活を心がけましょう。

 

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌

終活講演会 in 和木

今日は和木町民文化会館を会場に、終活講演会を開催し、40名の方が聴講してくださいました。

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昨日まで、こなさねばならない業務が山積し、講演の予習をする間がないまま本番を迎えてしまい、反省することひとしきりの講演会でしたが、それでも皆さんの上手な受け取り方のおかげで、アンケートには一定の評価をいただいておりまして、聴講の皆さんには感謝の一言です。

 

家族との関わりをを見つめなおしてもらい、いつか必ず訪れるその日に、後悔をしない生き方をしてもらうべく、講演会や講座を開催しておりますが、講演会では、「私も死ぬんだ」という事を理解してもらうお話が中心です。

 

このことがわからないと、全く終活の意味をなさないので、せめてこのことを多くの人に知ってもらいたいと、切なる思いで展開をしています。

これからも、ひとつひとつお伝えをしていきたいと思うのであります。

 

ご覧下さり。ありがとうございました。合掌

靖き國に

11月9日、快晴の東京は九段で、第3回 全国仏教者による慰霊法要が千鳥ヶ淵墓苑ならびに靖國神社で挙行されました。

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午前10時、寄宿のホテルグランドパレスの牡丹、あやめの間にて開会式が行われ、毘沙門堂門跡のご門主であり、世界連邦日本仏教徒協議会ならびに、関西宗教懇話会会長の叡南覚範大僧正のご挨拶から行事がスタートいたしました。式には衛藤晟一総理大臣補佐官も出席し、挨拶をされました。

 

僧侶50名のほか全150名の参加者は、6台のバスに分乗、千鳥ヶ淵墓苑を目指しました。

 

真宗木邊派管長、木邊円慈猊下の御導師により、参加者全員が外地戦から収拾されたご遺骨の眠る墓苑にて読経回向を手向けました。

 

続いて靖國神社へ移動、第二鳥居前から行道し、拝殿手前で一礼後、参集殿にて湯茶の接待をいただき、権宮司様からの丁重なご挨拶をいただき、参集殿から拝殿へと進みました。

 

拝殿では神職による修祓があり、その後、神社の拝殿にての仏式法要を行いました。

 

読経後、本殿へ参進、導師の木邊管長、世界連邦日本仏教徒協議会の可兒光永理事長、関西宗教懇話会の事務局長であり、念法眞教教務総長の一宮良範師が玉串を捧げ、二礼二拍手一礼の作法にて拝礼をいたしました。

 

直会を受け、遊就館前にて記念撮影後、バスにて寄宿へ戻り、昼食会が開かれました。

 

昼食会では昨年この法要の導師を勤められました、真言宗須磨寺派の小池弘三管長猊下のご挨拶、融通念佛宗元宗務総長の山田隆章先生の御発声でご英霊に「献杯」が捧げられ、ひととき参加者は懇親を深め、この国の将来のためにこの行事は継続し、なおかつ広げなくてはならないことを確認しあいました。

 

中締め比叡山延暦寺の小堀光実執行様より「慕古心」すなわち、いにしえを愛慕し、それを伝えることが大切なことであり、この行事はまさにそれを為す行事である旨のご挨拶をいただき、来年またこの場所で集うことをねがい、散会いたしました。

 

靖國神社社頭をあるくさい、私は金を打ち鳴らしつつ、先頭を歩かせていただきましたが、靖國神社にご参詣の方々が道を開けてくださり、沿道で深々と頭を垂れ合掌して、迎えてくださる姿が多く見られ、「神社に僧侶」何一つ違和感は無いことを確信した次第です。

 

「死んだら靖國で」

散華されたご英霊の合い言葉です。

 

権宮司様も、「御祭神の殆どが生前は仏教徒の方であったと思います。神社では御祭神としてお祀りいたしておりますが、さぞ今日の法要をお喜びになられたものと思われます。」とお話し下さり、誠にこの行事が理にかなったものであることも、認識をさらに深めたのでありました。

 

先の大戦では多くの若い人の命が失われました。戦争は人の命を奪い、悲しみを際限無く増やします。

戦争をしない努力をする、当たり前のことであります。しかしここに現代の日本で二つの間違いがあると私は思います。

 

一つは、戦争をすることを容認しかねないので、不戦の平和憲法は死守しなければならないという考え方。

今ひとつは、戦争をした人たちが祀られている靖國神社だから、天皇陛下も総理大臣や閣僚も参拝してはならないという考え方であります。

 

この二つの考え方は、180度変えなければなりません。

このことを変えることこそ、我々宗教にかかわるものがしなくてはならない、最も大きなものだと思っています。

 

人の命はどの人もひとつしかありません。

だからこそ、その命を大切に思い、尊ばねばならないのです。

 

今、緊迫する近隣外交が異変を起こし、どこかの国が攻めてきたら、あなたなら命をどう使いますか?

 

敵国に差し上げますか?

それとも愛するものを守るために使いますか?

そういう事なんですこの問題は。

 

父祖が築いた此の国を、靖き國にすべく、どうしたらいいかを共に考え、行動に移してはみませんか。

改めて、二百六十万の御英霊に敬意と感謝を捧げ、彼等の思いを継承することをお誓いいたします。

 

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌

全国仏教者による戦没殉難者慰霊法要

明日から今年で第3回を数える、全国仏教者による戦没殉難者慰霊法要が東京で開催されます。

この行事は心ある仏教者が、千鳥ヶ淵墓苑、靖國神社のそれぞれの場所で、戦没英霊に対し、追悼の誠を捧げ、感謝と誓いを新たにするためのもので、関西宗教懇話会と世界連邦日本仏教徒協議会の共催で開催されます。

 

明日は九段近くのグランドパレスホテルで夕食会があり、明後日千鳥ヶ淵、そして靖國神社拝殿で仏教式の法要が営まれます。

 

天台宗真言宗日蓮宗融通念仏宗和宗真宗念法眞教などの僧侶が約60名出仕。その他政界からは衛藤晟一総理補佐官や山谷えり子参議院議員なども参列されます。

 

特に共催団体の両方の役員をおつとめになられる京都毘沙門堂門跡叡南覚範門主をはじめ、三千院門跡堀澤祖門門主比叡山延暦寺小堀光実執行、真言宗須磨寺派小池弘三管長など歴史ある仏教宗派や名刹の諸大徳が一堂に会し、英霊に供養を手向けることは、かつては無かったことであります。

 

宗旨宗派の垣根を越え、ただ戦没英霊に対し心からの供養を捧げることは、元より至極当然の事であります。

しかし反面、全日本仏教会は組織として、首相の靖國参拝を反対する要請を毎年政府に提出しています。

 

憲法に反する」がその所以であるというが、一国の総理大臣が国のために殉じた御霊にこうべを垂れる事を違憲と言うなら、その憲法こそ、変えるべきである。

全く本末転倒の極まるところでありましょう。

 

第3回を迎えるこの行事が、世論を喚起するきっかけになって欲しいと思います。

今の日本は70余年前、国のために、愛する人のために尊い命を捧げてくださった方々がおられることで成立していることを、決して決して忘れてはならない。

 

それを忘れるものは「日本人」の着ぐるみを着た他国人であると私は思いますが、皆さんはどう思われますか?

 

私の叔父もご英霊であります。

真心込めて、御奉仕させていただきます。

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌