覚悟を決める
先日、元特攻隊兵士の方の講演会に御縁をいただきました。
きっと当時のことを語りながら、回顧されるお話であろうことを想像して会場入りを致しました。
お話が始まり、なかなか私の想像する回顧の話が登場しません。
ほぼ回顧なきまま一区切りついてしまいました。
私は講演後の謝辞を言わせていただくお役目をいただいておりましたので、いつもにまして真剣に耳を傾けておりました。
会の代表から、「先生、当時の方の中で一番印象深く記憶に残ること、その想いを」と差し向けがありました。しかし、おそらくその求めに充するコメントは出なかったであろうと察します。
でも私はここで齢93歳にならんとする講師の生き方を感じさせていただきました。
「もう時間が無い」
回顧をして話すような時間が惜しいのでありましょう。ご自身の年齢、体調を鑑みたとき、とにかく想いをわかって欲しい。
英霊の想いをわかって欲しい。
それがあの時の講演会の一番の内容であったのでしょう。
戦時下の人々は兵隊さんのみにあらず、覚悟という太極が心中ど真ん中に存在していたのでありましょう。その覚悟があれば、今の乱れた世の中さえもなおすことが出来る。
かの英霊に学ぶことは「覚悟」であることを教えて頂きました。
歩く道すがら、ゴミが落ちていたらあなたはどうしますか?拾いますか、素通りしますか?
この国を守る覚悟とは、そんなところから始まるのだと思います。
93歳だから覚悟が持てるのではありません。
覚悟を持つから、生きることの本質が生まれるのです。生かされている私たち、いかに生きるかを覚悟してかからねばならない。