お坊さんが語る終活

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忌み詞の世界観

今日、千葉に住んでいる姉から「梨」が送られてきました。早速、ご本尊様御宝前にお供えさせていただきました。後日、皆さんで美味しくいただきます。

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さてこの梨ですが、別名「有りの実」と申します。

 

今を去ること30年ほど前、私は東京は銀座のクラブでウェイターのアルバイトをしておりました。その時、月に一度、いわゆる「み○じ○料」というのでしょうか、それを届ける業務がありまして、その届け先が「有りの実」というスナックだったんです。

 

そんな言葉聞いたことが無かったので、先輩に聞きますと、「梨」とのこと。

 

ああいった業界では「ゲンを担ぐ」こともあり、梨は「無し」に通じることから、反語で「有り」の実ということにしているのであります。

 

でも、私達の身の回りには他にも忌み詞、使われています。

 

例えば祝宴を閉じるとき、「御開き」という。

本当はすり鉢でするのに、「当たる」とか。

植物の葦の事を「ヨシ」と言い換えたり。

 

しかしこういった文化のルーツは神さまとの関わりから生まれてきているそうです。

祭祀を進める中で、神様に対して失礼の無いよう、穢れの無いよう、言葉にも配慮されてきた文化が流れているのであります。

 

すごいですね、英語圏ではそういう配慮あるのでしょうか?

 

ともあれこれは、自分自身よりも相手を思いやる、「心くばりの文化」に他なりません。

私達日本人の父祖は、常にそういった考え方のもとに営みを続けてきた民族なのであります。

一人一人、自信と誇りを持って生活してまいりましょう。

 

姉から良いお題をいただきました。

 

ご覧下さり、ありがとうございました。合掌