突然の旅だち
人の寿命は私たちの采配出来ることではなく、この大宇宙の生命、太霊から与えられた期間であります。
その期間の最期の時、どのような手立てをもってお引取りくださるのかも、我々の手の届かないところであります。
さる29日、山口県光市にお住いのご信徒さんの奥様が往生の素懐を遂げられました。78歳。
胸部大動脈瘤破裂、あっという間の最期であったそうです。
11時からの葬儀に間に合うべく、光市に参りました。
ご主人は「どうすることもしてやれんかった」と肩を落として涙をこらえておられました。
ご子息、お嬢様もまた突然の旅だちに、言葉が見つからないご様子でした。
「お引取りの手立てが如何にせよ、奥さんは間違いなくお浄土へ帰られてますからね。」と言葉をかけて差し上げました。
信じた仏様から、戒をさずけていただいた時に授かった半袈裟を白衣の襟にかけてもらい、次の修行に向かう御尊顔は、まことに穏やかで誇らしげでもありました。
夫婦二人三脚、その足元の紐の解けかたは、あまりに突然であったと思います。
今はひたすら、浄土でのご修行が進まれることを願うばかりです。
いつも申します、「明日、先立たれても後悔の少ない、日々の向き合い方」
今日一日、最期の日とおぼえ、出来る限りの「愛」を注ぎ、その時の準備をしなければなりません。
門松や死出の旅路の一里塚
目出度くもあり目出度くもなし
こころされますように。